スキーの町

スキーの町「倶知安町」にはNISEKO POWDERを求め、世界中から多くの人が訪れます。町のスキーの歴史は古く、1912年(明治45年)4月にオーストリア・ハンガリー帝国からやって来たテオドール・フォン・レルヒ等が小黒山(旭が丘スキー場)と羊蹄山を滑走したことから始まりました。1916年2月には倶知安村で最初のスキー大会(競技スキー)が開催され、現在までオリンピックや世界大会に多くの優れた選手を輩出してきました。1963年にはニセコひらふスキー場が開設され、国際的な観光地としてスタート。スキーと雪は、これからも倶知安と世界を繋げていきます。

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右上;小黒山でのレルヒ隊|写真協力 日本スキー発祥記念館(上越市) 右下;Skier: Ryunosuke Okoshi

  • スキーの町宣言文を読む
  • 北海道遺産「ニセコ連山とスキー」を読む
  • サンモリッツと倶知安

    スイスのサンモリッツ市と倶知安町はスキー文化や両都市の友好促進を目的に、姉妹都市提携を結んでいます。1964年(昭和39年)の提携から相互訪問を重ね交流を深めています。

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    パウダーの秘密

    ユーラシア大陸で冷やされた空気は、日本海で大量の水蒸気を吸収して、雪雲として形成される。雪雲は北海道に上陸し、山並みに添って上昇しながら発達する。羽毛のような柔らかな雪は強い季節風に乗り内陸へ向かい、大地を覆う。
    倶知安町はニセコ山系と羊蹄山の狭間にある平野部で、パウダースノーが吹き溜まる地形になっている。日本海が近いゆえ、適度に湿気を含み大量な降雪になる。ニセコのパウダーは滑走者にとって、海と山、この地の地形が作った恵なのである。

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    Snowboarder: Taro Tamai at Niseko backcountry

    旭が丘スキー場

    1912年(明治45年)4月16日、当時の小黒山で倶知安村の人々はレルヒさん等が披露したスキー滑走を目にしました。

    旭が丘スキー場はこの町や日本のスキー史上重要なスキー場として知られています。現在では町民が楽しむ穏やかな場所として親しまれています。
    倶知安町旭 0136-22-2288
    (12月25日〜3月9日)

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    羊蹄山を背に小黒山(現旭が丘スキー場周辺)を滑るレルヒさん|写真協力 日本スキー発祥記念館(上越市)

    ニセコグラン・ヒラフ

    ニセコアンヌプリの南東斜面にレイアウトされたダイナミックなコースは、最大の標高差940m。

    斜面、斜度、降雪、雪質などエキスパートからビギナーまで滑走を楽しむ事ができます。白い樺の森の中には沢山のパウダースノーが積もり、世界中の滑走者達を虜にしています。山麓のひらふビレッジには華やかな商店が並びます。

    倶知安町字山田204
    0136-22-0109
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    ニセコグラン・ヒラフスキー場

    左;有名な「スーパーコース」滑り出しから羊蹄山を望む。右上;Telemark skier: Yutaka Takanashi 右下;ニセコグラン・ヒラフ全景

    ニセコHANAZONOリゾート

    ニセコアンヌプリの東斜面にある花園は、日射の影響を受けづらく良質な雪質で滑走が楽しめます。

    コース内に残された原始林を縫う林間コースは、北海道の大自然を満喫できます。大きなクォーターパイプやパーク類も充実。麓のスキーハウス308の大きな窓からは雄大なニセコアンヌプリが望めます。

    倶知安町字岩尾別328-1
    0136-21-6688
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    ニセコHanazonoリゾート

    左;Snowboarder: Daisuke Watanabe 右上;非圧雪エリアでのパウダー滑走 skier: Aron Kartis 右下;中腹のコースから羊蹄山を望む